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おはかまいり

20090816151342
行ってきます!

行ってきましたー!↓
今日のコースは万願寺から土方歳三資料館→石田寺(お墓があります)→高幡不動(土方さんの菩提寺で、近藤さんと土方さんを顕彰した「殉節両雄碑」有り)の予定だったのですが、時間切れで高幡不動は後日。
午後一時。起床。朝じゃないです…しかし一週間三時間睡眠だったのでたまには良いでしょう。(昨日も夜更かししたのがいけなかったんだと)
思い立って即実行。パソコンと携帯で情報を仕入れ行動開始。お墓参りに服装に気合い入れるのもなあと思いつつ歩きやすさを求めてデニムと裾長半袖シャツ。外の暑さが尋常じゃないためこの選択になりました。
万願寺にて下車後、徒歩2分と聞いていたのに反対方向に歩き始めて迷う。やはり地図は確かめておかないといけないし、行けないよねorzと思いつつ、コンビニの店員さんと道行くおじさまにお聞きしてようやくたどり着きましたー!住宅街のど真ん中なのですね。吃驚するほど住宅街。
入り口には土方歳三の履歴と市指定有形文化財の説明書き(思わず写メる)。兼定ですね。入ってみると綺麗な庭に、土方さんの胸像がありました(思わず写メる)。入館料は500円。パンフには土方歳三義豊の生涯と、資料館の中の写真。これは実物を見た後ゆっくり拝見しようとさくさく入りました。結構人がいらっしゃいまして、それもそのはず、月に数回しか開かない上に、お盆という休日が重なっていたからでしょう。入ってまず目に付くのが土方さんの生家の模型。石田散薬を作った小屋や、母屋、井戸の位置まではっきりと解ります。これが左手。右手には石田散薬資材一式と現物が。黒かった。石田散薬は黒かった。わざわざ京都から持ってきた、土方さんが使っていた石田散薬を作った鉢やおなじみの傘に丸、石田散薬を得意先に卸す時に使った薬箱、薬について書かれた書物などなど。書を学んだ本田覚庵などの解説、書物。重篤の土方を気遣う手紙もありました。これは労咳になったときのことでしょうか。
また、八月十八日の政変で使用した鉢金とその送り状。鉢金には八つの刀傷が付いており、裏には「盡忠報国志 土方義豊」と刻まれています。刀傷は試し切りではないかという推測有り。
他に着用していた鎖帷子、小手、など。手直しの後もあり、裏地の白が白じゃなくなるほど使い込まれていて、小手には指に鉄板が仕込まれており、何処までも実践的な性格だったこと、また過酷な状況が伺えます。(誰が手直ししたんだろうとつっこみたくなる薄桜鬼すきでごめんなさい)新選組の袖章もありました。意外と小さい。単行本を縦に割って、三分の一切り落としたくらい。白地に、だんだら、誠の赤の染め抜き。天然離心流で使用された木刀もありました。束尻の部分に義の文字。……大きいんですこれが。確かに、木刀で人は殺せます。いやでも、私の師範はもうちょっと普通の木刀を使っていたような。
天然理心流目録もありました。発行は近藤勇。そういえば入門が遅かったから、すでに近藤さんになっていたんですね。源さんだと違ったはず。三代目かな。宛名が土方歳三となるところを、土方家の方々が故意に改竄して「土方義昌」としております。新政府に逆らった逆賊として、当時の世情から守るために仕方なく改竄なされたのでしょう。実物を見ると筆跡の違いや消されてにじんだ文字のあとがはっきりと解ります。
土方さん(義豊)と近藤さん(昌宜)の諱から、一字ずつとられたのでしょう。
豊玉発句集もありましたよ。それにしても驚いたのが手紙の数々。まさかこんなに漢字が使われれているとは思わなかった。かなり本格的に漢詩と書をならっていたのだなと思わされました。だから読むのに時間がかかって高幡不動にいけなかっtがふんがふん!しみじみ達筆。しかし句はほほえましい。だが漢詩、和歌は上手い。大鳥さんと榎本さんの七言絶句、五言絶句も飾られておりました。榎本さんに当時の土方さんの様子を訪ねたときに「風清徂室入」と表したものも。本物は当たり前ですが始めてみました。作戦会議をしているときなど、室内に入ってくるだけで清らかな風が入ってくるような人物。そんな注釈があったような。駄目だ記憶が曖昧だ。
また、新選組を離れた後に掲げた「東照大権現」もあり。徳川を示すもので、やはり旧幕軍の最後のよりどころだったのかな、と思います。
そして和泉兼定。展示期間は過ぎていたので等身は拝めませんでしたが、刀のこしらえと、精密な写真がありました。これが知りたかった!兼定を佩刀してから実質は二年ほど、しかし函館から帰ってきた刀は刃こぼれの箇所が数カ所有り(現在は修復されていますが)束糸はほつれて、その使いこまれっぷりに驚きます。こしらえは思った以上に綺麗でした。束糸は黒。小菱に巻き、鍔は七夕図、さやは茶と言うより朱に近い石目塗り。朱に近い茶、と書かれていたけれど、実際に見たら朱色といった印象が強かったです。中央ほどに牡丹が黒塗り、束尻部分に鳳凰黒粉撒き。鞘尻に黒の鐺、これの縁取りは金。本当に綺麗でした。
日野にいた頃の土方さんについて、ではなく、日野から出た後の足跡がそのまま残っているような感じでした。

16時閉館でしたのに十分オーバー。そのあと遅れてきた人も入れてくれるという親切っぷり。すみません、今度は時間厳守で行きます…!戦利品。新、歴史群像シリーズ13、土方歳三。密林でも買えると。こういうシリーズは非常に嘘も多いのですが私でも解る嘘があるのは痛い。しかし信頼できる著者の方々もいらっしゃったので購入。無駄にカラーで高いですが先週の切りつめっぷりがここで役に立つとはおもわなんだ。
もう一つ、日野の古文を読む会発行。多くの新選組に関する書物が載ってます。Ⅱっていうのが気になる、Ⅰも欲しいのですが無かった…。本屋に売ってませんよ、ISBNついてないよ!orz 一冊千円。……………安い。(今扱ってる文献に反省して欲しい)
それからポストカード。三種の中で迷わず兼定がのっているものを選択。他、鉢金送り状、鉢金、新選組袖章、榎本書額(風清~のものです)帷子、篭手、兼定全体図、詳細図。
個人的に興味を覚えたのが手紙の文字です。京都に行ってからは特に大きく、要件を簡潔に書いています。俳句と比べるとよく解ります。大きいと言ってもおおざっぱな印象は受けない、上記資料から、京都に行って名を上げたことから、自信をもったことがりゆうか、と推測されています。責任や自覚を持った点も大きかったのかなと思います。
規模は思ったより小さかったけれど行って良かった、内容はぎゅうぎゅうです。
おみやげを売っていた人が普通に館長さんで吃驚したのはここだけの秘密です(笑)。
その足で石田寺までいきました。行きの経験で迷う!と思ったので偶然ご一緒させていただいたご家族にくっついていかせてもらい、無事に付くことができました。旅は道連れ世は情け、本当にありがとうございました。
石田寺には土方家のお墓がたくさんありますが、土方さんのお墓は一年中花の絶えることのないようで、特にお盆のこの時期はお花と線香をあげにくるかたも多いみたいでした。
また、石碑と写真があるので、すぐに解ります。
お名前お借りします……!捏造してごめんなさいでもアンソロ発行成功祈願お願いします、新選組は今は現在多くの人たちにその志ごと愛されていますと長々と手を合わせてきました。これできっと大丈夫だ!頑張りましょう!(笑)
途中、奥さんと意気投合。歴史の有名人物を訪ねているのですか?と聞かれ、興味のある人物に限りますが、今は特に新選組ですと答えました。嘘は答えていないのに胸が痛いよ薄桜鬼。非常に詳しい方でした。沖田さんのお墓はあんななのに(お花とか凄いらしいです)美男子な土方さんのお墓がかわいそうになる位なのにと嘆かれていたことが印象的でした。(笑)色黒ヒラメですが悲劇の英雄は強いんですよね!やっぱりそうですよねー!と言うやりとりの後、……土方さんも悲劇の英雄じゃないか。がふんげふん!!とか思ったことは秘密にしておこうと思います。
新選組なら、京都と函館は絶対行くべきですよとすすめていただきました。楽しい一時をありがとうございました!

ここにて時間切れ。高幡不動のほうも資料館と同じ16時閉館なのです。また今度。こちらの境内では天然理心流の稽古がよく行われたそうです。

その足で競歩のごとく駅に向かい鋼に間に合わせた自分。起床から五時までとてもとても濃い四時間でした(遠い目)。めいっぱい、楽しかったです!!

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プロフィール

ゆつき

Author:ゆつき
日々徒然。
何とか生き延びている。
うっかり突発小話ありけり。
何が出てくるか解らない。
おそらく切羽詰った精神状態で出てくる故注意が必要。


おねがいごと。
小話の続きは、コメントのほうに私が書き込んでいますので、小話への直接コメントはご遠慮くださいませ。

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