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コルダ@柚木×歌穂子

小話サルベージ①
セレクションも残すところを後一回の開催となったとき、快挙が起こった。普通科からの参加者が首位の座を手にしたのだ。異例自体はざわめきと困惑を学内にもたらし席巻することとなった。
香穂子にとっては成功におわったと言うべきなのだろう。普通科からの参戦は色物としか思われていなかった初期に比べ、参加者の二人は当初の予測を大幅に裏切る好成績を挙げている。次回への期待は高まり、先日ついに日野香穂子が首位に立つという結果を残すことにより下馬評の行方は誰にも解らない混戦を極めていた。ただ興味半分に聞きにくる人々など、今回に限っては本人に殆ど何の感慨も与えるにいたることはなかったらしい。当然だ、今回ばかりは自分の参加目的に誤りがあるのだ。一位だろうと最下位だろうと、あの人の条件を越えていなければ練習に費やした何もかも、全て無に帰してしまう。香穂子にとってはそういうセレクション。
いつからか通い慣れた練習室。扉を開くと微かに埃っぽくて窓を開けたくなったが、楽器のためを思うとそうそう簡単に安易な行動にでられなくなって久しい。湿度、温度ですぐに音の変わってしまう繊細でわがままないきものだ。楽器というものは。
特に管楽器。高校野球に燃えている同い年の人達を見ると、申し訳ないながらも応援のために使われている楽器を見ると痛々しいと感じてしまう。炎天下、埃、温度、乾燥。必死にチューニングを重ねたホルンもトランペットもたった一日で半年の苦労が水の泡となってしまった。中学の時の地区予選は予選にすらならなくて。仲良くなった音楽科の子にそういわれて正直泣きたくなった。ピアノやバイオリン以上に彼らの音と付き合うには時間と根気が要る作業だ。気に入る合奏のためのチューニングにどれだけ手間を掛けるのか香穂子には解らない。ただその扱いにくい面は、管楽器の一つを専攻している年上の先輩を反射的に彷彿とさせた。弾いても弾いても思うとおりにならない楽譜のような作業だろうかとも想像した。
なら、初めて心に叶う音が聞けたとき、音が応えてくれた喜びははかり知れないに違いない――。
古びた練習室の、古びたピアノ。椅子に座って蓋を開け、布を落とす。モノクロの鍵盤は整然と並んでた。

おおマリア。我ら最愛の慈愛の母よ。
愛と哀しみを我らのうえに惜しみなく。

あの時の気紛れで弾いてくれたアヴェマリア。
心がはっきりと揺らいだ。この人は、心の内にいったい何を秘めているのかと。泣きたくなるようなおと。
香穂子には宗教も信仰も解らないけれど、なお許された音だと感じたのだ。敢えて言うなら、ピアノ自身に弾くことを祝福されたような。なのに彼はその全てを捨て去り、今他の楽器を手にしている。
そしていつか音楽そのものから手を離してしまうのだ。
どうでもいい、気紛れな態度を取るのに、結局見いだせばひかれるしかない調べ。フルートという管楽器はもしかしたら誰よりも似合いかもしれない。
「わたしはせんぱいの条件を越えられましたか?」
仄かに笑って、開かれた
扉を香穂子は振り替える。軋む蝶番の音と、見慣れた人影に普段見ることができる柔和な笑みはどこにもなかった。
だからうれしくて香穂子は笑う。
「約束を覚えていますか?」
「生憎、こんな短期間で忘れるほど馬鹿じゃないんでね」
静かに戸を閉める仕草の優雅さと高飛車な口調がアンバランスだが、すっかり慣れてしまった身の上としては、猫を被られているときのほうが気持ち悪い。
かたんと席を立ち上がり場所を空けるとグランドピアノに背を預けた。

「柚木先輩の演奏を越えたら、私の演奏を越える曲を私にください」
繰り返すように告げれば秀麗な顔に僅かな苛立ち。それからため息。
「セレクションで首位に立ったから条件をこえたと?」
「いえ、今回ばかりは何位でも関係ないでしょう?むしろ最下位でも、先輩に越えたと思わせれば良かったんですから…なんか随分私に分が悪い勝負でしたね?」
「さあね」
今頃気が付いたのか、という意味がありありとこめられていて多少むっとする。
「大体セレクション自体が曖昧なんですよ、技術より芸術姓が問われるなんて時と場合で幾らでも審査規準変え放題じゃないですか。だから私首位だろうと首位な気分がしないんですよね」
反骨精神満載な台詞にこぎみよさをかんじたが、呆れたふりをして香穂子の前を素通りし、すでに開かれたピアノの鍵盤の前に座る。
指が以前のように動かないだろう。思う音になど遥かに遠いはず。その全てが彼のきょうじを傷つけた。なのに再び、約束を守ろうとしておとなしく座る姿に、取り敢えず身構えた。
「…企んでます?」
「幾らおまえでもブランクのあるあの程度のマリアくらい越えられるだろうとは思ったさ」
「誉めてませんね…」
は、と笑って指ならしに鍵盤に指を滑らせる。丁寧に調律された音だからこの古い練習室を気に入っていた。誰が調律しているかは今だに知らないけれど。

ピアノの音がここは他より綺麗なんです

鉢合わせるようになった後輩は応えた。随分前のことになる。
「そのくらい認めてやるよ。お前の音は嫌いだったけれどな」
あの音はひた向きすぎて嫌いだ。
緩やかなピアノの調べが再びマリアを賛美する序奏を始める。そこに勢い込んだ待ったがかかった。
「違います、えと」
「他のアヴェマリア?へえ、注文付けるとは偉くなったもんだな」
とたん、さまざまなに流れるアヴェマリア。香穂子の知らない曲もある。それだけ彼の女性は、愛されている。弾き手の数、曲の数だけ。
「すみませんそれもちがいます…」
「さっさと言わないとやめる」
条件に買ったのに何でこちらが低姿勢なのか。いや、この人相手に誰が低姿勢でなくいられるというのだ。違う、早く言わないと。
「…エーデルワイスを」
ブロードウェイの何し負う名曲は相手を沈黙の淵に追い込んだ。
「…第三帝国支配下のオーストリアが設定のくせになぜか歌詞が英語のあれか?」
「感動の薄れることいわないでください、あれがいーんです」
解らない、不可解、という顔を体現しつつ、聞き覚えのある響きが空気を。
壊す。溶かす。

エーデルワイスよ
あなたは毎日私におはようを告げる
小さくとも清らかに香高くきららかに
まるで私に会うことを楽しみにしていてくれるように
あなたはいついつまでも白いまま誇り高く
エーデルワイスよ。永遠にそばにいるのね
わたしがいつも帰る場所であるように

清らかな音が優しく降り積もる。
「本当に似合わない曲ですよね…先輩に」
「…覚えておけよ?」
「本当に不似合いなのに、何でこんな音がするんだろう…」
今まで頑張ってきたこと全て、別にどってことないと思ってしまえる音の波。こてんとピアノにもたれてしまえばもうピアノの音しかしない。
限られたものにしか優しくないおとは。時折絶望の淵に立つ暗い音は、まがまがとして引きずり込まれそう。でも万人に優しくあるより、自分にとって本当にいるもの、いらないもの、選別できるのは残酷な反面何より優しい気がする。
「やめないで」
終わりかかる演奏。時間は彼にとってもはや無いに等しいかもしれない。この短かな曲のように。
「手放さないで」
それでも願う。好きだからだ、捨てるなんてもったいない。
「いつまでも、音楽を手放さないでください」
「…お前の知ったことか、関係ないね」
「いえ、私勝ったんですから弾いてください。つぎ亜麻色の髪の乙女でつぎピアノソナタの…」
「どこで調子にのることを覚えてきた」
「ご主人さまの躾がなってなかったんですよ、いつか事業とかお家のお仕事で飼い犬に手を噛まれても知りません」
ぷいと顔をそらせてしまえば迫力ある美形も刺のある言葉も全部音に溶けていく。顔なんて見て、言えない。
「私は、好きです。ピアノもフルートも、先輩の音好きですよ。ひた向きすぎていやになるくらい優しい音だから」
優しくしたいものだけ、優しくする。
なんて簡単で難しい生き方。


とわにそばにいるのね、わたしのこきょうのように。

白い花の旋律が空気のなかにとけていく。


金色のコルダ@柚木×香穂子@マザーランド

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プロフィール

ゆつき

Author:ゆつき
日々徒然。
何とか生き延びている。
うっかり突発小話ありけり。
何が出てくるか解らない。
おそらく切羽詰った精神状態で出てくる故注意が必要。


おねがいごと。
小話の続きは、コメントのほうに私が書き込んでいますので、小話への直接コメントはご遠慮くださいませ。

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