記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その瞬きの終わる前に

その瞬きの終わる前に@薄桜鬼@手直し。
立つのもやっと、と言った風情で入ってくる土方を、沖田は揺れる寝床から見上げた。ゆうるりと開いた眼が、ぎらりと殺気立ち、瞬く。
「へえ……案外暇なんですね。仕事をしてない土方さんなんて、土方さんじゃないなあ」
口の端を上げて軽口を叩く口調は重く、ゆったりと寝返りを打つと大儀そうに、煎餅布団に手をついて上体を起こす。ほどけた髷がだらしなくはらりと肩に落ちた。――寝たきりになった沖田の世話をしてくれるような暇人は、昨今の情勢も手伝って、どこにも居ないはずだった。その上死病も重なって、自然、沖田の世話を積極的に行うものは限られていった。その貴重な一人が顔を覗かせたのは今朝方のことで、真っ赤な瞳と、泣きはらしてこすりすぎ赤くなった頬をにこりと歪めて、病人の枕元に響かない声で、柔らかく言った。
「お食事はできますか?」
うん、とも、否、とも言わないままで居ると、細い両腕に抱えた桶を沖田の枕元に置き、手拭いをきんと冷える冷たい水で絞る。そうして沖田が起きるのを促し、寝藁と布団を背もたれにして、衣の前身頃を開く。新しい寝間着をいつもなら用意するはずが、その余裕すら船上ではなく、貴重な水を少し使って、身体を拭き清めるだけだ。寝汗で湿った身体を、背中いっぱい拭かれて横になるのはそれだけで重労働だが、同時に気持ちが良い。――病んで、初めて知った。些細な身動きすら出来ないことの辛さ、息をするのにも労力を奪われていく圧迫感。
「船の上ですから食欲がないかもしれないんですけれど、少しでも良いですから食べてくださいね」
そう言って、僅かながらの食料を置いて、沖田をまた布団の上に横にする手伝いをする。医者の娘らしい気遣いとはいえ、大の男一人を小娘の労力で支えることの苦難を思えば、いっそ放っておけばいい、と言いたくなる。しかし、泣きはらした目を隠しもしないで、哀しみから逃げ回るように立ち働く千鶴を見ていれば、そんな言葉は口の中から出てこなかった。
――船上で、千鶴は初めて、自分から沖田の世話を人任せにした。放っておいた、と言っても言い。屯所にいた頃では考えられない。
士気が下がる、と言う理由で除隊さえ許されなかった沖田の世話を、労咳という大病の事実を隠して、上手く世話していたのはいつだって千鶴だった。
千鶴にとって、鳥羽伏見からの潰走は、何もかもに目が向かなくなるような出来事と、時間の連続だったのだろう。
この、目の前に居座った土方という男と同様に。
「いつも書類仕事を逃げて、さぼりまくって俺の仕事を増やした馬鹿が何を言ってやがる」
苦々しい顔で毒づくと、千鶴がちんまりと座っていた場所にどさりと胡座をかいて座り込む。行儀悪く懐手にしたまま、眼光がぎらりと煌めいた。まだ戦の余韻が燻っているかのように。もしくは、その身に宿した新たな鬼が残酷に血を求めるように。
「本物の馬鹿に馬鹿と言われる筋合いなんてありませんよ」
その、顔色は沖田と似たり寄ったりで――それ以上に悪いかも知れない。
「……変若水に手を出す馬鹿にだけはなりたくないって、必死で今まで我慢してたって言うのになあ」
がつんと氷塊をぶつけるような言葉が容赦なく礫となり、土方を打ちのめした。しかし、土方は厳しい顔をしたまま、視線を僅かにも揺るがせさせなかった。顔色だけが紙のように白くて――ああ、この人も、死出の船出をこぎ出した。
「――山崎が死んだ。榎本さんに頼んで、海葬を行うがどうする?」
一瞬、意味が計れなかった。眉根を寄せ、ああ、と気付く。終始土方の傍らを、斎藤とともに固め、新選組に影ながら尽力した男だ。いつも土方の為に動いて、沖田とはいつもそりが合わない。その男が死んだというのか。
土方を庇っての向こう傷だと伝え聞く。化け物に向けられた白刃を前に一歩も後退することなく、文字通り身体を張っての防御だった。
「……ああ、無駄死になっちゃいましたねえ」
「総司」
「慎め、なんて言いませんよね?部下と自分の命をすげ替えたに過ぎない。上司としては下策の下策だ」
一通り、話は聞いている。惨殺された井上、その部下達と害意を加えられた千鶴を見て、我を忘れて激昂した土方を庇い、山崎が鬼に打たれて重体に陥った。そりが合わないだけに、内心の感情をこめず観察できていたために、沖田にはあの男が使える男であったことだけは客観的に解っていた。これからの新選組にとっては非常に手痛い損失だ。特に、土方にとっては右手がもがれたに等しいだろう。
「なんでそんな事態に至ったかは言っても栓がないからなあ……結果が全てだ。そうでしょう?」
死んだ、というのは今知ったが、それでも予想はしていた。――もうずっと、艦内中でざわめきと嘆きが止まない。
「今朝ね……久方ぶりに、あの子が来たんですよね」
こほ、と乾いた咳をさせながら、言葉を紡ぐ沖田を土方は、止めなかった。
「ああ、もう最期か、と思いましたよ。存外、早いなと」
土方に言い渡された沖田の体調管理を放りだし、看病を他のものに任せて、千鶴が手ずから手当に尽力していたのは、山崎であったと代わりに面倒を見てくれた隊士等の言い分で解っていた。いつもいつも、死病が移るかも知れないよと笑って揶揄しても、私は丈夫が取り柄です、と気合いの入った顔で沖田の世話を焼く千鶴が、鳥羽伏見の潰走を経てから、ぱたりと来なくなれば、訳があるのだと簡単に解った。白状させれば何のことはない。
一人、無駄死にが出た。それもただの一人ではない。痛恨の、代わりの効かない一人であった。
「……何を話したんですか?」
最期に、とは言葉にしなくとも痛他はずだった。土方は静かに視線を伏せ、どこか遠い場所を見つめてぽつりと呟いた。
今朝、ずっとつききりだった千鶴が、思い出したように泣きはらした目で、沖田の所に来た理由が、土方との最期の面会にあるというのなら、末期の言葉を交わしたはずだ。土方は静かに目を伏せて、唸るような声音で低く呟いた。
「……羅刹には、しないと言ってきた」
瞬間、沖田の拳が土方の頬を捉えた。頬骨に握り拳に浮き出た骨がもろに入り、鈍い痛みが沖田の拳すらをも痛めつけた。
「…………自分が羅刹になっておいて、何様のつもりですかねえ……。どれ程生きたいと思ったか、どれ程新選組の役に立ちたいと願ったか、羅刹になってでも生き抜きたいと、死人に落ちても化け物になっても生きて成し遂げたいと願ったことが彼にもあった。あなたの役に立ちたいと。……土方さんがそれを一番解ってるはずだ!」
怒号した総司の言葉が薄暗い船室を引き裂くように響いた。しかし、拳を受けた土方は顔の向きを変えただけで、小揺るぎもしない。
衰えた筋肉のせいで全く使い物にならない拳一つが恨めしい。本当なら、頬骨の一つでもおってやるつもりだったのに。
脱力して総司はばたりと布団に身体を投げた。また、ごほりと嫌な空咳が出て喉が痛んだ。
「解ってるでしょう、同じ病で、同じ選択を迫られたんだから」
想像以上に辛いな、と、先程の激昂を感じさせない軽さで沖田はうそぶく、その顔色は青白い。
「……ああ、解っている」
「労咳の時だって、変若水の時だって、思ってたはずだ。成し遂げたい、役に立ちたい、生き残りたい、そんな風に土方さんだって思っていたはずだ」
かすれる声はひゅうひゅうと引きつった呼吸に痛みを催す。それでも、かすかに頬に、皮肉めいた笑みを沖田は浮かべた。
「……何だか癪だな、殴られたくて来た人を殴り返すなんて、本当に、体力の、無駄、だ」
途切れ途切れの言葉の間に苦しい呼吸が交ざった。
労咳を経験し、羅刹と人の帰路の選択に直面し、――それでも土方は生きのこった。否、生かされた、と言うのが正しい。
労咳では、悪運の強さが勝った。これを最期に死ぬのだと思った時、このまま何も成せずに死ぬものかと思った。
――では、あの時の激昂は何だろうか。
尊敬する人生の先達である井上、誰よりも信頼していた仲間の一人、千鶴を預けることさえ出来た人物の一人であった、井上と、その部下達の無残な死に様。
命も、矜持も、何もかもを投げ捨て、魂だけで絶叫しながら仇を取ろうとあがき、逆に痛めつけられている千鶴が、土方を見た瞬間に、一気に溢れさせた土と血の混じった泪。
――どこから狂った、何が悪かった、怒濤のように頭が白く怒りに塗り込められる。
千鶴を隊内に置く判断か、大阪に先行させたことか、腰の据わらない幕府連中か、裏切った幕軍か、執拗に千鶴を狙う鬼か、それとも――全ての判断を決めてきた己か。
指揮官としての役目を感情にまかせ放棄し、引き返せない下策に走り、あげく尻ぬぐいに部下一人の命、それも自身より年若くして、己の右手を担ってきた男の人生を奪ったのだ。
「……あなたは、生きてるんじゃない。生かされてるんだ。忘れないでくださいよ」
痛む喉、ひゅうひゅうと呼気を繰り返しながら沖田が呟く。避けられたはずの拳をあえて受けた、兄分とも言える、大嫌いな男を見上げながら。
「絶対に忘れないでください、生かされていくんです。これから。――あの子に」
その、異質なほど静かな響きに、秀麗な顔が凍りつき、瞠目した土方が沖田を見下ろす。口端をあげた沖田が、挑発するような視線で土方を見ていた。
「平助君でさえ屈した。あなたも墜ちる。いつかきっと。その時、あの子がきっと、導になる」

――沖田さん、沖田さん。山崎さんが、苦しそうなんです。
    凄く凄く、苦しそうなんです。
       ……私、何も出来なかったんです。今も、何も出来ないんです。
         ずっと、足手纏いで。
             でも、ずっと、力になりたいって、ずっと。
                 井上さんにも、何も出来なくて。
                   こんな娘が居たらいいって仰ってくださった。
                     なのに、初めて人を殺したいほど憎いって、思って、
                       仇討ちすら叶わなくて、
                         土方さんを――

ぽつりぽつりと、ひび割れた大地に滲む涙の雫のような言葉を受け止めながら、久方ぶりの千鶴の介護を受ける。
土方が、山崎と話している間中ずっと。

――千鶴!!

そうして、土方の絶叫が千鶴を呼んだ時、千鶴は何もかもを投げ捨て、脱兎の如く走り出した。千鶴を呼んだ土方の着物は山崎の血にまみれていて、部屋を出た千鶴は真っ青になりながら入れ違いに仮設の病室に駆け込んだ。
土方、山崎。何を話したかは当人同士の知るところ。ただ千鶴は何も知らされず、苦しみ抜いた末の、山崎の、死に水を取った。
羅刹に踊らされるもの、傷病に苦しむもの――山南、沖田、平助、井上、山崎、苦しみを見つめ続けて、受け止め続けて、――きっと千鶴は土方の痛みをも受け止めるのだろう。土方が、変若水に屈する時、それを見ることを許すのは、千鶴だけだろう。他の誰にも、変若水で苦しむ姿を見せることを良しとしない矜持の持ち主であることは嫌でも知っている。
少し離れた病室から、やまざきさん、と、まるで涙が落ちるのを我慢するような声音が、薄い壁伝いに幾度も幾度も寄せては返す波のように、囁かれていた。それに一つ二つ、応えるような、末期の声が重なり、連なり、消えていった。
きっと、いつか己もああなるのだろう。
――近藤をおいて、この世を去るのが一番の未練だ。今だって、起きれるものなら一刻も早く、近藤を襲撃した賊を狩りだしてやりたいが、それも身体と状況が許さない。
ああ。
近藤さんが、誰より強く、立派に、なってくれれば、その役に立てればそれだけで。
静かに小さくなり、かすれて、消えていった声音に、僅かな間を置いて、千鶴の声が密やかに病室の外へ向けて放たれた。
「お亡くなりになりました」
平坦な声はそこまでで、時が凍った一瞬ののち、号泣と悲嘆の嵐が留まっていた人々の間を嵐のように駆け抜け、怒濤のように哀しみの海に突き落とす。その人並みをぬって去る、長い髪を伸ばした人影は、一人、室内に籠もり、いつの間にか葬儀の段取りを終えていた。
平民の出身で、武家のような立派な葬儀にを催される特例に、隊内の全員が、哀しみの中の唯一の光を見た思いがしたが、山崎を死なせ、その原因の一つとなった土方と千鶴はただ静かに、隊務をこなす船上での日常に埋没していった。
だが、長い年月の腐れ縁の中で土方の、あれほどに悲痛に女の名を呼ぶ声を沖田は聞いたことがない。そして、何もかもを忘れて、山崎の元へ――土方の元へ駆けつけた千鶴の必死さや、一途さも、初めて見る、大人の悲嘆をあらわにしていた。
「……今度は、なくしたら駄目ですよ。あの子は、きっと土方さんが墜ちる時の、最期の灯です」
沖田はゆっくりと大儀そうに目蓋を閉ざし、荒い呼吸を繰り返しながら、遠くで聞こえる波の音に耳を澄ませる。
その音に少しだけに多響きで、土方が沖田に声をかけた。
「墜ちやしねえよ。死病でも死にやしなかった男だぜ?俺は。お前もさっさと帰隊しろ。……人手不足何だからな」
ばさりと湿気った布団を沖田の顔にかけやると、土方はおもむろに立ち上がり、どうする、ともう一度問うてきた。
「――出ます」
手短な言葉が、山崎の葬儀の出欠の確認だったことは、長年の付き合いの中で解っていた。
「ああ、手伝いが欲しいな……千鶴ちゃんの手が空いたら寄こしてください。正装しますから」
請け負って、踵を返す土方に、沖田は声をかける。
「……手放したら駄目ですよ、手放せば、地獄に落ちるより苦しむことになる」
矜持の高い土方は決して血に飢えた面を曝さない。
山崎の死の間際にかいま見せた、悲嘆に満ちた千鶴の名。
それが全てだ。
千鶴の前以外では、決して折れない。折らせない、その心を。どんな悲嘆がこの男を襲おうと、決して折れない。全て、千鶴が居ればこそなのだ。きっと。
「んなもん、最初から必要ねえよ」
口端を上げて軽く笑った声が波濤に掻き消される。けれどもこれだけは。
「必要ですよ」
自分に、近藤が居たように。
「一人でなんて生きるには、この苦界は辛すぎるんですから」
支え、縋るものがなければ、生きていけない。たった一人で生きて行くには、あまりに、あまりに辛すぎる。しかし土方はその道を選ぶのだろう。だからこの言葉が届けばいい。土方に届かないのならば、折を見て千鶴にでも伝えようかと、深く沖田は息をついた。
きっとあの娘なら、――土方に着いていってくれるだろうから。必ず、伝えよう。
この目蓋が、閉じる、瞬きの前に。


薄桜鬼@一応ひじちづベースですが沖田さんがメインです。他ルートでフェードするからこそ、居ないところをフォローしたい。

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ゆつき

Author:ゆつき
日々徒然。
何とか生き延びている。
うっかり突発小話ありけり。
何が出てくるか解らない。
おそらく切羽詰った精神状態で出てくる故注意が必要。


おねがいごと。
小話の続きは、コメントのほうに私が書き込んでいますので、小話への直接コメントはご遠慮くださいませ。

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

フラッシュ クロック 「傀儡人間」

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。